宇倍神社

648(大化4)年創建と伝わる古社で因幡国(いなばのくに)の一之宮。平安時代編纂の『延喜式神名帳』記載の因幡国唯一の名神大社(みょうじんたいしゃ/名神=神々の中で特に古来より霊験が著しいとされる神に対する称号)。つまりは鳥取県屈指のパワースポットということに。

明治31年再建の本殿

明治31年再建の本殿

祭神は360余歳まで生きたと伝えられる武内宿禰命

784(延暦3)年編纂という『因幡国伊福部臣古志』には、伊福部氏の第16世、伊其和斯彦宿禰(いきわしひこのすくね)が因幡国造となり、成務天皇(せいむてんのう=『古事記』『日本書紀』に伝えられる第13代天皇)から賜った太刀を祀ったと記されています(伊福部都牟自=因幡国の古代の豪族)。
1581(天正9)年、羽柴秀吉の鳥取城攻めで社殿全てが焼失。1633(寛永10)年、鳥取藩主・池田光仲が社殿を再建し、以降、鳥取藩・池田家の尊崇を受けて繁栄しました。

宇倍神社の祭神は、大和朝廷で5代(景行・成務・仲哀・応神・仁徳)の天皇に仕え、360余歳まで生きたと伝えられる伝説的な人物・武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)で、長寿の神様を祀るということで長寿祈願に訪れる人も多いとか。

毎年4月21日の例祭『神幸祭』(みゆきさい)では、古式ゆかしく麒麟獅子舞(きりんじしまい)が奉納されます。麒麟獅子舞は山陰各地で見られますが、ここ宇倍神社のものが原形を今に伝えている貴重な獅子舞です。

社殿は明治18年、日本で最初に発行された一圓札、五圓札の図案となり、その後大正、昭和にも数回紙幣の絵柄となっています。この旧札をモチーフにしたお守りも授与され、商売繁盛にご利益があるとか。

宇部神社の社殿の南500mのところには因幡国庁跡がありますが、この一帯が古代には因幡国の行政の中心だった場所。さらに社殿の背後の丘は、祭神である武内宿禰の終焉の地とさる亀金岡。『因幡国風土記』にもふたつの履(くつ)を残して行方不明になった記されていますが、双履(ぞうり)があったとされる地には双履石(そうりせき)が祀られています。

社殿背後にある双履石

社殿背後にある双履石

宇倍神社の年中行事

1月1日/歳旦祭=新年を祝い、来る1年の加護を祈る祭礼
1月14日/とんど祭=御札・お守り・縁起物や、正月の注連飾りなどを神前でお祓いし、炊き上げます
4月20日・21日/宇倍神社例大祭=20日が宵宮、21日が例祭。「麒麟獅子舞(きりんじしまい)」が奉納されます
4月21日に近い土曜または日曜/御幸祭=全国屈指の大神輿が担ぎ出され、宮出しと宮入り時の石段担ぎは圧巻
6月30日/夏越しの大祓=知らず知らずのうちに半年間身に積もった穢(けがれ)を祓います。人形(ひとがた)に罪、穢を託して流します
7月7日/七夕=7月1日〜7日の間、御社頭に短冊が用意され、神門に設置される竹笹に飾ります。7日の夕刻、願いの成就を御神前に祈願
9月21日/秋祭=春の例祭に次ぐ大切な祭礼で、秋の実りに感謝を捧げます
12月31日/年越しの大祓=知らず知らずのうちに半年間身に積もった穢(けがれ)を祓います。人形(ひとがた)に罪、穢を託して流します

月次祭は1月を除く毎月1日。朝8:00〜斎行され、自由に参列できます。7:50までに参集殿受付へ。
 

宇倍神社 DATA

名称 宇倍神社/うべじんじゃ
所在地 鳥取県鳥取市国府町宮下651
時間 参拝自由、祈祷受付は9:00〜16:00
電車・バスで JR鳥取駅から日ノ丸バス中河原線で20分、宮下下車、徒歩5分
ドライブで 鳥取自動車道鳥取ICから8.8km(15分)
駐車場 50台/無料
問い合わせ TEL:0857-22-5025/FAX:0857-29-2225
公式HP http://www.ubejinja.or.jp/

 

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